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2011年10月23日 (日)

朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり

昨年11月に末期癌が発覚した兄の容態が良くない旨の連絡が入り、
急きょ山形までお見舞いに行くことにした。
  
主治医の先生からは年を越えるのはむずかしいとのお話だった。
実家は青森で、親類も山形にいない上に、独身であまり自分のことを
話さない義兄だったので、これからどう対処していったら良いのか不安
だったが、職場(小学校)の方(教頭先生)が親身に対応してくれて、
とても助かった。
 
私も56歳で、人生をしっかり見つめなくてはいけない歳だということを
あらためて感じさせられた。

「朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」

・・・これからは、そんなことを心がけられたら良いナアと思う。

・・・★★★

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